Sail of the Lord Church(セイルオブザロードチャーチ)保育士ぴよこのブログ

Sail of the Lord Church(セイルオブザロードチャーチ)保育士ぴよこのブログ

東京都足立区キリスト教の教会Sail of the Lord Church(セイルオブザロードチャーチ)に通う保育士、ぴよこのブログです♪

柔和な心

ご無沙汰してます、ぴよこです。

 

保育士ぴよこですが、以前高齢者施設で働いていたことがありました。

介護施設ではなく介護予防のための施設で、心身ともに健康で元気な老年生活を送れるように、様々な企画や講座を行なったり、運動器具やトレーニング講座があったり、お風呂を解放したりしている施設で、私は受付や企画を行なっていました。

デイサービスのような介護施設ではないので、利用者は好きな時間に来て好きな時間に帰れる場所です。

 

そこにほぼ毎日来るおじいちゃんがいたのですが、毎日入ってくると受付で「いや~、どうもどうも。おかげさまで~」とニコニコ笑いながら挨拶をしていらっしゃいました。

「こんにちは~」と挨拶すると「いやいや、本当に皆様のおかげさまで。おかげさま、おかげさま」と笑いながらよくおっしゃっていました。

 

他の職員は「また『おかげさま』ばっかり言ってる」と嘲笑する人も多かったのですが、私は「いつも感謝する心を持っていて素敵だな」と思いながら、いつも挨拶していました。

 

そして、改めて考えると、1人で生きているようでも家族や同僚、地域の人など様々な人に支えられて生きているし、そもそも太陽や地球の恩恵がなければ生きられず、本当に「おかげさまだなぁ」と感じるようになりました。

 

そのおじいちゃんは少し認知症が入っていましたが、毎日誰に対してもニコニコとよく笑って接していらっしゃったのが印象的でした。

私の働いていた施設では、利用者は基本的に自分のペースでやりたいことを楽しみながら周りの人と交流して仲良くやっていましたが、時々頑固な人や曲者もいて、ケンカが勃発することも度々ありました。

 

マタイによる福音書 5章5節

「柔和な人たちは、さいわいである。彼らは地を受け継ぐであろう。」

 

歳を重ねるごとに、もっと感謝の心、柔和な心を持てるように自分の心を作りたいと思う今日この頃です☆

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愛の心、感謝の心をいつも忘れずに♥

 

毎日新しく!~モンテッソーリ「日常教具」から考える~

モンテッソーリ教育を勉強中のぴよこです☆

先週末からモンテッソーリ教育ドキュメンタリー映画が公開され、日本でも注目されているのを感じています。

さて、モンテッソーリ教育の基本は「子どもはその時期に成し遂げなければいけない課題を自然から与えられており、大人はそれを助ける存在」という考え方にあります。

「ママ、一人でするのを手伝ってね」という子どもの心の叫びに応えるのが大人の役割だ、という考え方が基本にあり、その「自然から与えられている課題」に十分取り組めるようにするために様々な教具があります。

 

モンテッソーリ教育には「日常生活」「感覚」「文化」「数」「言語」という5つの分野があり、それぞれに教具があります。

「文化」が最も幅が広く、その中で生物、歴史、宗教、美術、地理に分かれています。

 

今回は「日常生活」について触れます。

この分野は「挨拶」「立ち方、座り方」などから始まり「物の取り扱い」「掃除」「衣服の着脱」「裁縫」「料理(皮むき、包丁を使う等)」「アイロンがけ」など様々な教具があります。

その中でも特に私が印象的だったのは、「(洗濯板を使う)洗濯」と「(ピッチャーや洗面器を使う)手洗い」でした。

 

最近は何でも自動でできる、とても便利な時代になりました。

ボタン一つで洗濯もできるし、手を出すだけで手洗いもできる時代です。

でもそれらは大人が楽をするために作りだしたものであり、子どもは手を使って成長することを自然からの課題として与えられている、ということに気づかされました。

 

最近は「ギター」「美人」「バイク」など元々はアクセントが語頭にあったものが、語尾に変わってきている言葉が多いです。

これも日本人が腹筋を使わずに楽に言えるようにするために、変化したものだと言われています。

 

でも、楽であればそれが最高なのでしょうか?

腹筋も使わなければ体が衰えます。

ボタンやタッチパネルのような指先一つ、最近はSiriのような言葉で言うだけで何でもやってくれるものまで存在しています。

 

もちろん、病気や障害で手足や身体が不自由な方が文明の利器によって様々な活動ができるようになったことは、素晴らしいことだと感じています。

でも健康な人が楽に暮らすばかりでは、体も考えも衰える一方ではないでしょうか。

子どもに「自然からの課題」が与えられているように、大人も「日々自らを開発し、発展させていく」という課題が天から与えられているのではないか、と感じています。

 

神様が与えて下さった考えや身体を日々もっと開発し、より理想的な自分、そしてより理想的な世界がなされるよう努力していきたいと思います☆

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日々開発、日々発展

 

世界の平和は子どもから ~モンテッソーリの言葉~

ぴよこです🐣

コロナ禍が続く中、毎日様々なニュースが入ってきます。

時々ほっこりする心温まるニュースもありますが、コロナによる差別やいじめ、虐待、DV、自殺・・・心の痛むニュースが絶えず、心が痛みます。

 

また、世界には子どもが労働の道具とされていたり、性的な対象とされたりしている国もあると聞きます。

悲しくなるばかりですが、本来子どもとは何か?という問いに答えをくれたのが、今勉強しているモンテッソーリでした。

 

モンテッソーリ(1870~1952)はイタリアの女医であり、研究者であり教育者です。

モンテッソーリは「教育の基本原則は、子どもと大人は違うということを知ることです」と言いました。

人間は大人期に達した者と、そこに至る過程を生きている子ども期の二種類あって、その両者は南極と北極くらい離れた世界にいるのだとさえ言われています。

そして、南極から北極には瞬間移動できないように、様々な過程を経て大人期に到達します。

この発達の過程や段階については、また別途書こうと思います。

 

モンテッソーリは子ども達と接するようになり、多くの宝を発見するようになります。

「小さな子どもの魂の奥底には、大人にはまだ知られていない深い秘密がある」と著書にもあります。

そして、「私の生涯は真理の探究のために費やされました」と述べているように、子どもの研究に尽力した方です。

 

モンテッソーリの「子どもを見る視点」が私にとって様々な衝撃を与えてくれました。

モンテッソーリの言葉の中で、好きな言葉をいくつか紹介します。

 

・子どもは大人を正しい社会的生活に導くことができる精神的な先生である。

・子どもは私たちの本当の自然の姿、私たちの隠された様々な可能性を明らかにしてくれる。

・子どものおかげで我々に平和な世界への扉が開かれようとしている。

・子どもは迷路でさまよう大人に行く手を示すため、自分自身を現わしている。

 

子どもは一見わがままな存在に見えますが、私自身も子どもからたくさんのことを教えてもらい、育ててもらいました。

世界がより良く変化していくために、「子ども」の存在を見直すことが大事だと感じます。

 

また、モンテッソーリの言葉にはこのような言葉もあります。

「政治にできることは紛争を回避することのみであるが、平和を建設するのは教育の仕事である。」

 

正しく子どもを理解し、教育することで世界に平和が広がることを願ってやみません。

愛の世界が広がりますように☆

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世界の平和は子どもから

モンテッソーリ教育について

こんにちは☆彡
モンテッソーリ教育について勉強中のぴよこです。

モンテッソーリが亡くなってから70年弱なので、それほど昔の人物ではありません。

最近は藤井総太棋士が幼児期にモンテッソーリ教育を受けていたことが報じられてから、日本でもより注目が集められるようになりました。

 

世界的には、GoogleAmazonFacebookWikipediaの創業者やクリントン夫妻、元大統領のオバマさんなどの有名人が幼児期にモンテッソーリ教育を受けていたことで知られています。

 

モンテッソーリ教育の特徴は、オリジナルの教具と言えます。

今は一つ一つの教具について主に学んでいますが、どの教具も素材や色、形、大きさなどが研究し尽くされてきたもので、とても奥深さを感じています。

教具一つ一つに様々な目的があり、それぞれ研究された与え方があるのですが、それを覚えるのはとても大変です(;'∀')

また、教具の使い方を一つずつレポートにまとめて提出するのですが、これもとても大変な作業です(-_-;)

 

それでも様々な教育法の中で私がモンテッソーリを選んだのはなぜか?

 

藤井棋士の注目等もあり、最近は受験のための「モンテッソーリ塾」などもとても多いです。

モンテッソーリ教育によって「できるようになること」はとても多いと思います。

しかし、「できるようになった」という「結果」よりも「できるようになるまで」の「過程」を大事にするのが、モンテッソーリの基本的な考え方です。

モンテッソーリ教育の根本は「全人格教育」なのです。

 

モンテッソーリ教育の深みは書ききれないので、これから続けて書いていこうと思いますが、「人間を人間たらしめるもの」だと私は感じています。

最近は、「モンテッソーリ認知症プログラム」などもあったり、幅広い分野で活用されているそうです。

 

「全ての面で人格を磨き、人間を人間らしく作る教育」

私がこれを学び、自分のものにすることによって、日本の、そして世界の平和のために役立てる働きができたらいいな、と思っています☆

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進んでこそ希望がなされると信じて

 

モンテッソーリとフレーベル

寒くなってきて、本格的な冬の到来を感じる今日この頃です。

 

私は今、モンテッソーリ教育について学んでいますが、新しい学びが多く、とても面白いです。

これからは学んでいることを少しずつ共有していきたいと思っています♪

 

まず、マリア・モンテッソーリという方の生涯は1870年~1952年なので、約100年前を生きた人物です。

イタリア生まれですが、国の統一や戦争など激動の時代を生きた人物です。

 

モンテッソーリについて語る前に、幼児教育の父と呼ばれるフレーベルについて少し触れます。

フレーベルの生涯は1782年~1852年なので、モンテッソーリのちょうど100年程前の人物で、ドイツで世界初の幼稚園を作ったことで有名な教育者です。

どちらの人物も有名な教育者ですが、 一部では「フレーベル派」「モンテッソーリ派」といった対立もあるそうです。

しかし、「幼児教育史」という本を書いたラスクという人は「フレーベルが夢見たが実現できなかったことをモンテッソーリは実現した」と書いており、私も学ぶ中でフレーベル教育の延長線上にモンテッソーリ教育があると感じています。

 

フレーベルもモンテッソーリカトリック信者ですが、二人の教育の共通点は「子どもは神の創造物であり、神の神性が宿っている」という考えが元になっている点です。

その上で「内なる力」を伸ばすための教育法が研究されてきました。

 

フレーベル派とモンテッソーリ派の対立の話を聞いて、宗教戦争のようだな、と感じました。

そして、表面的に見るとやっていることが違うように見えても、根本の考えは通じていることもあり、どんなことも正しく知ることの大切さを感じました。

無知は誤解を生み、争いを生むと感じました。

 

モンテッソーリ教育についての具体的な話は、長くなるので今後一つずつ書いていこうと思います。

ではでは☆

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違う色に見えても、根本は繋がってることもある。

 

保育、教育を続ける理由

ぴよこです。
色々なことが重なり、久しぶりの投稿になってしまいました。

ぴよこは現在、モンテッソーリ教員資格取得のため、勉強中です。
学校に通い、先日は教育実習もありました。
勉強はとっても面白い内容ばかりなのですが、ここ最近は「何のためにこの勉強をしているのか?」と改めて考えていました。

 

もともと私は、子どもと接することが得意ではありません。

(以前のブログにも書いてます)

人付き合いも得意ではないし、一人の時間が大好きです。

でも最近考えて気づいたこと。

私が好きなのは、この地球なんだってことです。

 

モンテッソーリの言葉で、こんな言葉があります。

「子どものおかげで我々に平和な世界への扉が開かれようとしている。」

「子どもは人類を進歩させる神の手段である。」

 

私は地球が好きで、天地万物が好きで、創造主が好きだから、

この地球をより平和で理想的な世界にするために私は今学んでいるし、

そのためにこれまで子どもの教育(保育)に関わってきたのだ、と感じています。

 

コロナ禍が続く中、心の痛むニュースが多く、不安や恐怖が蔓延している世界ですが、各自が今できることをすることで必ずより理想的な世界がなされると信じて、前進していきたいと思います。

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平和な世界が広がりますように。

 

時代が発展する「時」

このところ新しいことが始まったり課題に追われたりで、ブログ更新に手が回らず久しぶりの更新になってしまいました。

ようやく落ち着いてきたので、続けて書いていきたいと思います。

 

最近幼児教育について勉強中ですが、幼児教育の歴史を辿ると盛んに発展した時期があり、どの分野においてもその分野が急速に発展する「時」があるのだ、ということを感じました。

今日は幼児教育が発展した時について書いていきたいと思います。

 

★フレーベル(1782~1852)ドイツ

幼児教育の父と呼ばれる人物。初めて「キンダーガルテン」と名づけられた幼児教育施設を作り、その後世界に幼児教育が広がっていった。

 

フレーベルの言葉

「親として、教師として、子どもをどう導けばいいのだろうか。

ただ、児童をよく観察し、注意をすればよい。

そうすれば、子どもが自らあなた方にその方法を教えるであろう。」

「すべてのものは神が創造主であり、すべてのものは神に支配されており、自然の法則に従うことを自覚することが教育の目的である。」

 

このような考えを元に、子どもに命令や干渉するのではなく、子ども自ら育っていける環境を整える幼児教育が発展していきました。

 

そして、このフレーベルの思想と土台を元に1800年代後半~1900年代初頭にかけて、幼児教育が著しく発展しました。

★シュタイナー(1861~1925)オーストリア

→子どものリズムで芸術教育

モンテッソーリ(1870~1952)イタリア

→「ひとりでできた!」を見守る教育

コダーイ(1882~1967)ハンガリー

→わらべうたなどの音楽教育

★フレネ(1896~1966)フランス

→子ども主体の教育

 

そして、この時期日本でも幼児教育が発展しました。

★倉橋惣三(1882~1955)

→日本のフレーベル、幼児教育の父と言われている人物。

 日本の幼児教育の先駆けとなった東京女子高等師範学校附属幼稚園(現・お茶の水女子大学付属幼稚園)で園長を務めた人物。

 

これらの教育は全て現在の世界の幼児教育の土台となっているものですが、この教育者たちが皆同じ時代に生き、各地でこの幼児教育という分野の土台を作ったことは、偶然ではなく「時」があるのだなぁ、と感じています。

 

私たちが何かをするにも一番よくできる「時」があり、時を掴んで行なうことが大事だと感じました。

 

さて、私は今はこの中のモンテッソーリ教育について勉強中です。

勉強したことは今後も書いていきたいと思っています。

子どもだけの特有な力や感覚など・・・深い世界です。

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